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たまには思い出話を。
バレンタインの日にデートをすることになった。
突然会うことになり何も用意してなかった私は、適当にコンビニで買った。
買ったはいいけど、きちんと渡せるだろうか。
そんなに親しくないし、でも仲良くしたいし…。
相手は今日がバレンタインだと気付いているんだろうか。
どうなんだろう。
緊張した。
車で家まで迎えに来てくれた。
見慣れない家並みに、異様に遅く走っているライトが見えた。
道路に出て手を振った。
「似た感じの家がたくさんあるから見つけにくいね」
住宅地の中に私の家があった。
「慣れると大丈夫ですよ」
そう言ってみた。
チョコの袋の上にカバンを置き、気付かれないように隠した。
「何食べようか」
車を運転しながら彼が聞いた。
「何がいいですかね」
「ノープランで来たからさ」
「いいですね」
きっちり決まったプランよりも、二人で話し合って決める方が好き。
車を走らせ、看板を見ながら連想ゲームのように店を言っていく。
結果、パスタを食べることに決めた。
店に着くと、”火曜定休”の文字が看板に書いてあった。
今日は火曜日。
でも店内は明かりがついている。
「貸切ですかね?」
そう言うと彼は店に入り聞いていた。
「今日って開いてますか?」
「今日はバレンタインなので特別に開けてるんです」
店員さんはそう言った。
男女二人で入ると、何やら笑顔で迎えてくれた。
”カップルじゃないから!勘違いしないで!”
そう心の中で叫んだ。
ナイスな開店なのか、気付かれないままが良かったのか。半々だった。
「今日ってバレンタインだったんだ」
やはり、彼は今日がその日だったと気付かなかったようだった。
その日に誘われてOKを出した私は、彼にどう映ったんだろう。
向かい合わせに座るのが気恥ずかしかった。
彼とは10年振りに会った。
昔、お世話になった人だ。
近づきたかったけど、なんとなく距離を置いたままだった。
「まだ地元にいる?」
彼から聞かれた。
「はい、まだいますよ」
「それなら今度、ご飯食べよう」
仕事で私の近くまで来るみたいで、そのついでに昔話でも、という感じだった。
突然の連絡に軽くパニックになった。
嬉しいし、でも突然で戸惑った。
昔のままなんだろうか。
向かいに座っている彼は、少し歳を取ったように見えた。
でも、あまり変わらない。
少し寂しそうに携帯を見ながらタバコを吸う姿は、横目で見た当時と変わらなかった。
私は、彼にどう見えているんだろう。
10年も経てば、おばさんになってるもんな。
私もそろそろ30だもんな…。
と、考えていた。
メニューを開き、何を頼もうか悩んだ。
パスタだけにするか、サラダ、デザート付きにしようか。
デザートの欄にティラミスがあった。
大好きなティラミスを食べたいけど、パスタでお腹いっぱいになったらどうしよう。
すると彼がポツリと言った。
「デザートがあるよ」
「ありますね。頼むんですか?」
「最近、デザートが好きになってきてさ。頼もうかな。何か食べたいのある?」
「え!じゃあティラミスを」
デザートが好きなんて意外だった。
「歳を食ったのか、食が変わってきたんだ。昔はメニューも見なかったのに」
言われてみればそうだ。昔はそんな甘い話を聞いたことがない。
パスタが来て、昔話や今の仕事の話などをした。
久しぶりに会って、ぎこちない感じもあったけど、当時のままに冗談を言い合いながらご飯を食べた。
パスタを食べ終え、デザートを店員さんが持ってきた。
「デザートを頼んだお客さま」
二人で顔を上げ、一瞬目が合った。
「はい」
私は手を挙げた。
「どうぞ」
と私の前にティラミスが来た。
大きな皿に果物と一緒に盛り付けされたティラミス。
小さなものを想像していた私は嬉しさで声を上げた。
「もっと小さいものだと思ってました」
「ね」
彼もそう思っていたようで、さっきの目が合った瞬間も思い出し、嬉しかった。
ティラミスが本当においしく感じた。
実際、既製品より味が一味違っていて美味しかった。
一口だけ食べて、彼に渡した。
「これ以上食べたら太るので私はもういいです。どうぞ食べて下さい」
「何だよ、それ」
そう言いながらも彼もおいしそうに食べていた。
ご飯を食べ、さぁ帰ろう、というときに袋を差し出した。
相手は今日がバレンタインだとすっかり忘れている様子だった。
不意に渡されたもんだから「なんで?なんで?」と戸惑っていた。
誕生日でもなく、記念日と呼ぶものもない間柄。
私は「いいですから、どうぞ。どうぞ!受け取って下さい」と袋を相手の体に押し付けた。
照れくさくて「今日はバレンタインですから」と、その一言が言えなかった。
相手はしつこく体に押し付けられて思い出したようだった。
「あぁ、今日バレンタインかー。ありがと」
嬉しそうに微笑んでいた。
それを見て、照れくささと嬉しさで私も笑った。