歯列矯正の迷いと決断
迷いと決断
これまで生きてきて決断って何かあったかなと思い返してみると、 特に何も思い浮かばないけど、 ああこれも迷ったなと思い出したことがある。
それは歯の矯正。
なんだそんなことかと思う人もいると思うが、 私はさんざん迷った。
歯を抜くという恐怖に踏ん切りがつかなかった。
気付いたときには上の歯も下の歯も乱杭歯のようにガタガタと生え ていた。皆はキレイに生えそろっているのに、 私だけ歯並びが悪い。
特に上の前歯がひどく、 左上2番の歯が1番の後ろに来ているのだ。 歯が2列に並んでいるような状況で、 小さい物が吸い込まれるように入っていく。 とうもころしの中にある粒、オクラの種。小さくなった飴。 取るにはうがいするしか手立てはなかった。
前歯を使って噛み切るということも出来ず、 糸切り歯付近でかじっていた。
笑うと歯が見えるので、手を当てて笑っていたが、 皆にはバレていたと思う。
中学生のころ、英語の先生に呼び止められた。
「歯並び悪いから、矯正した方がいいよ」
その言葉が衝撃的で忘れられない。
やはり歯並びが悪いのはバレていたこと、歯を抜く怖さ、 それを乗り越えてでもやはり矯正した方がいいということだ。
その先生に言われてから矯正するか迷いが始まった。
親と一緒に歯医者に行き、 一番奥にある左上2番は抜かずに他を抜くという矯正プランを聞い た。歯を抜く、というとても大きな痛みを伴う行為。 抜くという恐怖が私には強烈なショックだった。 抜かないと矯正はできない。
お金もかかるし、怖いので「やらない」という決断をした。
しかし、自分で稼ぐようになり、 貯金も出来始めたことから迷いが出てきた。
これで矯正できるのでは…?
親に矯正費を出してもらう申し訳なさがない。
でももう歳がなあ。
痛いだろうしなあ。
でもキレイな歯並びになりたい。
やるか、やらないか。
ずっと何年も迷っていた。
するとテレビには歯の表に矯正ワイヤーを付けながらテレビに出て いた芸人さんがいた。
おぎやはぎの矢作さんだ。
ワイヤー付いてる…。
矢作さんって私より年上だよな…。
今からでも出来るかもしれない…。
そのときには30歳を超えていた。
また迷い続けること数年。
3年前、主人が親不知を抜くと言った。
通っている歯医者からの勧めで、 虫歯になる可能性があるから今のうちに抜きましょう、との事だ。
痛そうだなと不安になりながらも、 真横に生えている親不知を何時間も掛けて抜いて家に帰ってきたの だ。
主人は痛みに弱く、怖さも感じていたのに、耐えて頑張ってきた。
なら、私も痛みを受けてみよう。
矯正、やってみよう。
歯を抜いてみよう。
何年もうじうじ悩んできたんだ、もういいだろう。
キレイな歯並びになりたい。
そう思い歯医者の予約をした。
「誰の矯正ですか?お子さんですか?」
30代の声から推測してきたらしい受付の方が言ってきた。 心砕けるかと思った。そうだよね、 普通は30代って言ったら子供だよね、自分じゃないよね、 学生の頃にしてるよね、と思いつつ、勇気を出し言った。
「私です…」
矢作さんもしているんだ、 今からでも遅くないよと自分に言い聞かせた。
検査も終わり、いよいよ抜く日。
「抜いたら後に戻せませんよ、いいですか」
「はい」
抜く日は少し嬉しいぐらいだった。これから矯正が始まる。
キレイな歯並びになる嬉しさでウキウキしていた。
あんなに抜くということに恐怖を感じていたのに、 理想ばかりが頭の中にあった。
抜くのは痛くなかった。麻酔してたから。
あれだけ怖かった傷みがそれほどでもなく、拍子抜けした。
3本抜いても、麻酔と痛み止めのせいか思ったほど痛くなかった。
ワイヤーを通しても違和感と少しの痛みしかない。
これなら大丈夫だなと思った。
なんだ、もっと早くにしても良かったかな。
と思っていた中、強い痛みはあった。
一番痛かったのは、 左上2番の長い距離を動いた歯茎の再生のとき。 奥に行っていた2番を1番の隣に寄せている途中、 1番と3番の間にスキマを作っているときが一番痛かった。
動いた歯のあとには新しい歯茎が出来る。 少しだけの距離なら痛みは気にならなかったのに、 そこはなかなか再生してくれなかった。 冷たい水も温かいお湯も歯磨きも全部痛い。 前歯なので口開けて息を吸うのも痛い。風が痛いのだ。 赤くなった歯茎が見える。やはり痛い時期もあるのかと思った。 不意に冷たい水を飲んで痛くて半泣きしたこともある。
自分で矯正するっていう決断をした、自分でお金を払っている。
ということが半泣きになっても心強く思えた。
矢作さん、今キレイになったじゃないか。
中途半端な歯並びの途中で今更引き返せない。
自分で決めたじゃないか。
それにここまで来たんだ、頑張ろう。
矯正を始めて初めて知った歯ブラシ。細かいとこまで届いて便利。
今年で矯正を始めて3年になる。
いろんなものをワイヤーに挟ませ、 いろんな種類の歯ブラシを試し、 いつになく歯磨きの時間を作った。
そのおかげか一人前のキレイな歯並びになった。
2列になっていた前歯がなくなり、 前歯で噛み切れるようになった。
前歯で噛むという感覚を初めて味わった。
これが前歯か…簡単に切れるんだ。
あんなに苦労してたのに。
今は保定に入り、マウスピース生活。
口に手を当てなくても笑えるようになった。
気にしなくていいというのが嬉しい。
やはぎさんを勝手に心の師匠にし、歯医者の先生を頼りに進めてきた。
あんなにガタガタだったのにキレイになるとは。
先生すごい。
そして嬉しい。
終了はまだ先だけど、私は矯正をして良かったと思っている。
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